「考察する若者たち」を読んだ

三宅香帆氏の「考察する若者たち」を読んだ。

ゆる言語学ラジオで有名な水野太貴氏がやっている街ブラポッドキャスト 神保町で会いましょうビジネス書は冷笑され過ぎている というエピソードで、二人が対談をしているのを聴いたことがきっかけだ。

内容がとても面白く、また三宅氏の人柄にも好感を持った。

書籍の内容だが、若者の「報われたい」がふんだんに散りばめられていた。 以下は面白いと思った点の抜粋だ。

  • なぜ評論ではなく考察が流行るのか?
  • 萌えは瞬間的で推し活は継続的
  • プラットフォーム上での数字が世の中の流行りに直結している事実。またそこにある固有名詞が剥奪された匿名性の実態。

いずれも、これらを報酬型の体験、すなわち「報われたい」という現代の若者の心情と紐付けて軽妙に語っている。

僕は昭和・平成に青春期を過ごした身であるが、この若者達に半分くらいは共感できた。
なぜならこの問題は報われない現代(令和)を過ごす、学生・労働者にとっては共通の心理だと捉えたからだ。

一方で、この「報われたい」すなわち、「事前に成功や報酬が確定している」状態に疑問を感じるシーンが日常にあることにも気づいた。

それはミュージックステーションという長寿音楽番組を見ている時のこと。

大好きな番組だが、それこそ令和になったあたりから、不自然なほどアーティストが歌う前に、アーティストの前情報VTRが長くくどいなと感じていた。

「XX万枚のセールス」とか「SNSでXX回再生!」とか、さらには「サビ前のXXのダンスに注目!」とか。 なぜこんなに過剰に前知識を披露するのだろう?と考えた時、考察する若者たち流に考えると合点がいった

若者は、今から歌うミュージシャンが自分の好みに合う人物なのか?聴くに値する実績があるのか?など、聴き損しないように事前に報酬内容を見定めているのだ。

と、僕は考えた。(あくまで自己の解釈だ。)

幼少期の薄い記憶だが、訳もわからずMステでBUCK-TICKの演奏が始まって衝撃を覚えた記憶がある。

「なんて訳のわからない音楽なんだ⚡️⚡️⚡️!!」と。

この感動は予備学習の無い僕だけのものだ。

ちなみに普段ポッドキャストは 奇々怪界 などを特に愛聴しているのだが、この書籍で扱われている内容やコンテンツに親和性が高く(界隈感がある)、内容がスッと腹落ちした。